初詣に行ってきました。

初詣に行って参りました。


今年初の外出。

まどか君には勿論、初の初詣。

僕はかなり久しぶりの初詣。


初詣、皆さんは行きましたか?


僕の生まれ育った家族は信心深くなく、初詣の習慣はありませんでした。

神棚も仏壇も放ったらかしであることが多く、神仏との付き合いは非常に良くなかったと思います。

そういう家に育つと、初詣の意義はなかなか感覚的に分からないものです。

日頃の神棚仏壇との関わりも同様に。


それが今では一応自分の知った範囲でではありますが人に伝える側になっているのだから面白いというか、遠回りをし過ぎたというか。

思うに僕は元々の素質として、特に神社と関係が深いようです。

でもそういう人に限って、敢えて神社と関係が薄い家族に生まれるというこの定め。

こうして人はあっちの極端からこっちの極端へと長旅することで学ぶ訳ですねえ。


今日も神社に行って非常に多くの感銘を受けてきました。

まず神や霊たちは人が沢山訪れることを喜んでいましたね。

喜多見の氷川神社は常に清浄に保たれた管理の行き届いている神社ですが、立地の関係もありそれほど参拝者は日頃多くないです。

でもお正月の今日は人が多く、活気がありました。

4日なので、程よい塩梅ではありましたが。


いつもはひっそりとしている(神社境内の)小さな神社にも、鏡餅が一つずつ備えてあり、良い風景でした。

余計な飾りは無し。

紙を敷いた三方の上に餅が二つ重ねてあるだけなのですが、それがとても澄み切った風情なのです。

そうだよそうだよ、取り繕った飾りがあれば良い訳じゃない、これが原初的な心の現われなんだ・・・などと思いました。


こうしていつも人と神霊が互いに交流し合っていられたら良いと思います。

自戒も込めて。

お正月、まず自分が酒を飲み、まず自分がおせちを食べ、まず自分が駅伝を観る。

それがいけない訳ではないけれど、節目の時、喜びの時、まず神霊の前に自分を立たせ、繋がりを思い出す――そういうことが、やはり大切なのではないだろうかと思いました。

こういう暮らしの風景が、「人生に起きることのすべてを人間が起こしている訳ではない」という感覚を年月の中に静かに培い、それが「いつも自分は守られている」とか「いつも自分は見られている(だからちゃんとしよう)」というような感覚を、人の心に育てていくように思えるからです。

そうでないと、人生に起きる全てのことは人間だけの知る所となり、不必要なまでにがむしゃらになったり、隙間やぬかりを許せなくなったり、神霊が裁けば良いものを人が裁こうとして口うるさい正義の味方になったり、そういう面倒なことになる、そんなふうに思えるのです。


氷川神社への初詣は大人になってからは覚えている限りでこれで二度目くらいであったような・・・

しかしこれからは毎年お正月に詣でようと思います。


ともかく、とても気持ちの良い初詣でした。


記念写真。

何か、中学生が赤子を抱いているように見えるのですが・・・(写真加工無し)


その後、帰り道に寄った多摩川の土手で一枚。

こっちは、爺さんみたいです。

写真では見えませんが、背後にくっきりと多摩の山並みが見えました。


明日からアトリエこしきは通常営業です。


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